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くのや歳時記 「芽吹き」

銀座で70年以上商いに携わり和装と銀座の街をこよなく愛した、くのや7代目当主 菊地泰司が『銀座百点』で1979年から1年間連載した「くのや歳時記」を掲載いたします。季節毎の日本の習慣や当時の銀座の点景を切り取ったエッセイです。

 

「芽吹き」

銀座通りから柳が消えてから春の訪れを街ゆく人々に知らせる自然の便りが何か薄らいだような気がする。といって世界に類のない御影石の舗道の下には、上下水道、電信電話、電気ガスなど近代都市に必要な色々な機能が収まっている。

ちょうど四畳半の部屋をつなぎ合わせたような共同溝が埋められ、また車道の下には昔からの地下鉄が通っていて土層が殆ど無い現在(銀座は地下も土一升金一升である)昔のままに柳が芽を吹き、そして緑々と茂ってくれるとも思えない。

地元の旦那衆も鋭意研究中のようだが「国道」故の難しさもあり、なかなか時間のかかる問題であると思うが、”憩い” とか “たまり” とかいう言葉を聞くと何かが欲しいような気がする。

南の国では菜の花が咲き、一方北陸・東北ではまだ雪の深い所もある今ごろは日本列島が一番気候の違う時であるが、銀座の店々のウィンドーには春を告げる品々がカラフルにどこよりも一足早く飾られている。

色の濃い無地の帯揚げが淡い明るい色に変わり、厚手のちりめんの絞りがしぼの余り目立たない白地の小ざっぱりした小柄の帯揚げに変わって来る。コートを脱ぎ帯つきのこの季節は、和服の横顔のお洒落の出来る時季である。

正面に昔ほどたくさん出さなくなった帯揚げなので近来あまり人目に触れなくなってしまったが、今こそ帯揚げの出番である。

肌と着物との外から見える接点が襟元であり、それを埋めるものが半襟であるとすれば、着物と帯との空間を埋め凸凹を隠し、美しく和服姿を整えるのが帯揚げである。それにも増してきりっと締めたおたいこの横から覗く帯揚げの効用は和服姿にしかない色気と奥ゆかしさを持っていると思う。

一本三万個ほどもある一粒一粒を何日もかかって手で絞り、じっくりと入念に染めあげる匹田の総絞りから、軽目の綸子地に洒落た小柄の摺り染めものまで、着物の風合い、色柄、あるいは着るところに応じて楽しく選択をしていただける季節到来であり、和装小物の店先にも野の花よろしく種々咲き誇る時である。

春霞にちなんだぼかし風の染め、春の野花に戯れる蝶をテーマにした小さな絞り柄や染めもの等々……「和服の世界の春は小物から」などといったらさぞかし手前味噌とお叱言を頂戴するに違いないだろうが……。 春はもう来ている。

とはいうものの近ごろは”合”のシーズンが短くなり、冬が過ぎたかと思うともう半袖のお嬢さんが銀座通りを濶歩する。冬からいきなり夏が来てしまう感じが強く、私ども和服の世界に業を営む者にとって誠に有難くないことである。

“袷””合服””一重物”などという言葉が懐かしく想われ、ほのかな色気とか、さりげないお酒落とか、出過ぎない色使いとかいう日本人独特の快い響きを持った言葉が妙にこの”合”の時期に創られ、そして”合”の季節が失くなると共に消えてゆくような気が近ごろとみにして来ている。

 

出典 : 銀座くのや七代目 菊地 泰司 「銀座百点」

 

 

 

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